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沖縄フリーライター・WEB編集者/三好優実のブログです。

既婚女性は夜に酒を飲むべきではないのか

先日、以前よく足を運んでいたバーに行き、仲の良い常連メンバーで飲んでいたときのことだ。久しぶりに会った飲み友達(男)に「既婚者はさっさと帰れ」と言われた。

 

話はエスカレートし「こんな時間まで飲んでるお前は結婚失敗女だ」とまで言われてしまった。腹がたったけど、その男から結婚前にそんな嫌味を言われたことがなかったし、接客業である彼はいつも感じがいい人なのだ。結婚に対してなにか特別な感情があるのかもしれないと思い、何も言い返さずにそのまま適当にかわしながら酔っ払った。

 

だけど次の日になっても怒りが消えなかった。むしろ翌日から数日間かけて、なんであそこまで言われないといけないんだろうという気持ちが増した。おそらく彼が言った温度感よりも、わたしは過剰に怒っていた。

 

わたしにとって、酒を飲むと言う行為はコミュニケーションそのものであり、(もしかしたら彼にとって酒は出会うためにあるのかもしれないが)つまり「既婚者帰れ」という言葉が「結婚した女は、夜に人とコミュニケーションをとるべきではない」という解釈に思えたのだ。もっと言うと、「楽しんではいけない」と言われている気さえした。

 

 

「既婚者帰れ」に過剰に傷つく自分の中身

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わたしの母は、とても苦労人だった。わたしが5歳になる前くらに離婚した母は、ずっと朝から晩まで働いていた。実父の記憶はほとんどないが、パチンコでもらったお菓子の景品を大量に持って帰ってくるパチンカスだったことだけ覚えている。

 

祖母からは「お母さんが家事が苦手だから振られた」と離婚理由を聞いていたが、わたしはずっと疑問だった。“なんでパチンコばっかりする人のために、お母さんが家事をしなくてはいけないルールなんだろう”

 

母だって仕事していたのに、なぜ男の息抜きは当たり前のものとして認められ、女の息抜き(もとい手抜き)は離婚理由としてあげられるのか。しかもその言葉が、母の実母である祖母の口から、なぜわたしめがけて届けられるのか。(もしかしたら他の理由があったのかもしれないが)

 

おそらく子供ながらに男女の理不尽について嫌悪感を持ったのだと思う。当時わたしは原因不明の男嫌いを発症しており、親族内で問題になっていたらしい。祖父なども含め、弟以外の男性に対して強い嫌悪感を示していたらしいのだ。

 

今となっても、女について特定の固定概念を持つ男性(いわゆるミソジニスト)は嫌いだ。でも「既婚者帰れ」と言った彼のことは、普通に好きな(もちろん友人として)人間だった。それなのに、その一言(正確に言えばそれ以降言われた言葉のすべて)を思い出すたび、怒りが込み上げてきてしまう。

 

もしかしたらわたしは、あのとき感じた“なんでパチンコばっかりする人のために、お母さんが家事をしなくてはいけないルールなんだろう”という違和感をそのままにしたが故に、感情がこじれまくっているのかもしれない。

 

 

こじらせたわたしがいうのもなんだけど、自分の人生は自分のものだと思う

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わたしが今の夫との結婚を決めた一番の理由がある。それは、付き合っていても家族になっても、この人となら「お互いの人生はお互いのもの」として生きていけると思ったからだ。

 

良くも悪くも、夫はわたしに干渉しない。お互いに譲歩する場面はあっても、強制したり「こうあるべき」を押し付けてきたりしない。この前なんて、どうぶつの森にはまるわたしが「無人島で暮らしたいなぁ」と言うと、「行ってきていいよ」と言っていたくらいだ。そしてわたしはそういう言葉が嬉しいタイプの人間だ。

 

彼と出会ってから、わたしの中の“こじらせ”は少しづつ解けていった。自分が過去に生み出してしまった男性に対する怒りのようなものも、彼に対して湧くことはかなり少ない(それでもたまにあるけれど・・)。

 

けどもしかしたら、「既婚者帰れ」を言った男性は「自分がもし結婚していたら、嫁には早く帰ってきてほしい」という考えだったのかもしれない。

 

・・うーん、だとしてもやっぱり、それをよその家庭にも押し付けないでほしいなと思う。だってうちの夫はおそらく、”早く帰ってきてほしい”よりも、"たまにはひとりを楽しみたい"と思っているだろうし、それに我慢して帰ってこられるより、楽しかったと笑顔で帰った方が喜んでくれるタイプなのだ。

 

仮にそうじゃなかったとしても、申し訳ないけどわたしは自分の時間をすべて捧げることが結婚だとは思っていない。自分の人生を楽しむことは譲れないし、夫にも、自分の人生は自分で楽しんでもらいたいと思っている。

 

幸せにしてもらいたいとも、幸せにしてあげたいとも思わない。幸せを感じてもらえてたらいいな、とは思うけれど。

 

 

「お互い、幸せになろうね」という結婚

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「幸せにしてね」「幸せにするよ」そういうやりとりが、わたしは気持ち悪い。昔から嫌だった「わたしたち、親友だよね」という言葉と同じくらい気持ち悪い。

 

いや口に出すのはいいと思うし、言われてみるとまんざらでもないのだけど、何度もなんども念を押すように言う人は、それが呪いに見えてきてしまうのだ。

 

幸せは感じるものだし、親友は約束せずとも親友だと思う。むしろ、どちらか片方だけがそう思っていたとしても別にいいと思っている。「わたしはあなたのことを親友だと思っている」は嬉しいけど「わたしたち親友だよね」は怖い。

 

そんな感じで、わたしの夫婦の在り方は「幸せにしてね」「するよ」じゃなくて「お互い、幸せになろうね」なのだ。夫は「幸せにするよ」とかは絶対に言わないタイプだが、よく「幸せ?」と聞いてくる。その押し付けないながらも、ほんの少し気にしている姿勢が、わたしは気に入っている。

 

 

既婚女性は夜に酒を飲むべきではないのか

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しつこい性格なので、最後にもう一度この問いに戻る。ぜひこの記事を読んだみなさまのご意見も聞かせていただきたいのだが、わたしの中の結論は『既婚だろうが未婚だろうが、お酒を飲んで幸せなら飲めばいい』だと思う。

 

楽しむことが罪な属性や人種なんていない。酒が好きなら飲めばいい。ただし、酔って暴れたり、自力で帰れずに夫に迎えにきてもらう等、人に迷惑をかける場合は考えた方がいいけれど。

 

あと既婚未婚問わず、彼氏や夫など同居人が『飲みに行かないでほしい』と言う(考える)タイプの場合は、話し合うべきだとは思う。なぜ行かないでほしいのか、"飲みに行く"という価値観はお互いどんな風なのか、頻度の問題なのか、酒癖の問題なのか、飲む場所が問題なのか、など。

 

要は、人を傷つけてまで飲むのはどうなの?という話で。飲みたいけど相手が嫌がってるならば、向き合わなくてはいけない。

 

けどお酒って美味しいし楽しいし、酒場で出会った人と、中身のない話をすることでクリアになる悩みだってある。

 

そもそも極論『既婚者は酒を飲んではいけない』という法律はないのだ。それでこの話は終わりにしたい。(ご意見待ってます)

 

【お詫び】



 

◎最近こういうことを考える機会が増えたので『フェミニズム』について学び直してみました。

 

東大祝辞で有名な上野千鶴子さんの語る、フェミニズムと女性が置かれてきた試練、戦ってきた歴史などが書かれており、こんな時代があったのかと震えながら読みました。