OFFICE&FREEDOM

沖縄フリーライター・WEB編集者/三好優実のブログです。

「自己愛」の育て方

最近ずっと考えていることがある。

それは、自分自身を好きになる努力とはなんだろう、だ。

 

というのも、他人に好かれるためのテクニックは巷にあふれている。話すより聞けとか、否定するな、とか。

 

けどそれって要は『相手に関心を向けなさい』ってことで、思いやりとか人格を磨く意味ではとても良いのだろうけど、自分自身を磨くという意味ではどこか物足りないと思う。『人の話をめちゃくちゃ聞いてる私好き!』とはならない(わたしはね)。

 

昔からなんとなく自分磨きが好きなわたしは、美容にもそれなりに気を遣ってきたし、それなりに自分の感情を大事にして生きていると思う。それなりに良い友人にも恵まれているし、仕事だってそれなりに充実している。しかも昔は決してそうじゃなかったから、今あるものは自分自身が努力して掴んできたという感触も得られている。

 

それなのに最近のわたしはずっと、自分のことが嫌いなのである。なぜだろう。

 

幸福について

f:id:minoru-office:20200703162030j:plain


幸福について語り始めるとなぜか宗教のような胡散臭さが出て苦手なのだけれど、あえて32歳という節目で幸福についてわたしの考えを述べることにする。

 

人それぞれ幸福のものさしは違う。わたしは長年の自己分析を経て、自分が人に嫌われるよりも、人を嫌いになる方がストレスがたまるタイプだと知った。だからたくさん人に好かれたいというよりも、たくさんの人を好きでいたいと思っている。

 

昔、KinKi Kidsの歌の中に『愛されるよりも愛したいマジで』というフレーズがあった。男心を表現したメッセージだと友人は言っていたが、おそらくわたしは愛という幸福においては男性的なのだろう。わたしも愛されるよりも愛したいと思っている、マジで。

 

自分を愛している人

f:id:minoru-office:20200703162205j:plain


わたしの周りには、男女ともにとても愛の表現が上手な人がたくさんいる。わたしも友人たちを愛しているし、友人たちもまた、わたしのことを好きだと言ってくれる。

 

だけどやっぱり一番に、自分自身に好かれたい。でもそれだけはなぜか難しい。だからなんとなく『ヨガやってる人って自分のことを愛せているイメージ』とかでヨガをやってみたり、よくある感謝を口にするとか色々やってみたんだけれど、やっぱりダメだった。

 

家でストレッチをやっても、ヨガをやっても、月に10冊本を読んでも、仕事でそれなりに成果を出せてもやっぱりだめ。どうすりゃいいんだよと思いながら、ふとテレビを見ていたときのことだった。

 

しゃべくり7にゲストとして出演していた、冨永愛さんの立ち振る舞いに、目を奪われた。

 

芸人さんたちが、あれよこれよと巧みな話術でことを進めている中で、面白いことを言おうとも無理にリアクションを取ろうともせず、ただ楽しいときに楽しそうに笑い、笑わないときは笑わない。ある意味、ただそこにいるだけに見えるのに、なのにそれだけで、ものすごいオーラを放ち続けていた。

 

わたしが理想とする自己愛って、こういう感じだ。と、直感的に思った。

 

そして冨永愛さんが出演する番組はすべて(といってもそんなに多くはないのだが)チェックするようになった。

 

そしてそんなわたしを見抜いたかのように、Amazonがこちらの本をレコメンドしてきた。 

冨永愛 美の法則

冨永愛 美の法則

  • 作者:冨永 愛
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: Kindle版
 

 

そうそう、この目、媚びが一切ない、この目。だけど笑うと可愛らしい。何かの拍子に笑ってくれたら、こちらが嬉しくなってしまうような。

 

冨永愛さんのいう『美しさ』

f:id:minoru-office:20200703170729j:image

本では冒頭50ページくらいに、わたしの知りたかった『自分に好かれる努力とは』がだいたい全部詰まっていた。なかでも特に、わたしが一生頭の中にとどめておこうと思った文がある。

 

それは美しさは生き方からあふれ出るもの、ということについての冨永愛さんの解釈だ。

 

何を見てどう感じるのか、人との接し方や、仕事との向き合い方、どんな部屋で暮らし、どんな日常を送っているのか、自分を大切にしているのか...........。

 

つまり美しさの本質を追求していくと、「今をどう生きているのか」

という問いにたどり着く。

 

そういえばわたしは、今を“どう生きているように見せるべきか”ばかり考えてきたように思う。今をどう生きているか、なんて考えたことなかったなぁ。肩に力が入りすぎていたのかもしれない。

 

そして、一番はっとしたのは、冨永愛さんは“100%わたし自身であり続けること”を意識して続けているのだということ。

 

わたしは違った。わたしは、"わたし自身でいない選択”をすることで、自分を好きになろうとしていた。......長年。でもそれは間違いだったと気づいた。というか、そうか、だからこそ、歳を重ねるごとに、周囲の評価があがるほどに、自分のことが嫌いになったのかもしれない、と思った。

 

ああ、なんだか今回のブログ、とても暗くてごめんなさい。でも、なんだか、こういうのももしかしたら大事なのかなぁと思っているのです。お許しください...。

 

迫力のある美しさこそ、細部に宿る

f:id:minoru-office:20200705213611j:plain


きっと冨永愛さんの“わたし自身”には『なりたい自分』も含まれていると思う。

 

冨永愛さんは本の中で『いつでも裸になれる準備はできている』と書かれていた。よく見なければわからない部位、たとえば爪や体毛など、修正可能な欠点は改善し、自分が納得するまですべてのパーツを磨き、鍛え上げる、という言葉には、まさにそこからオーラが作り上がったのだろうと思わせる説得力があった。

 

それはおそらく、他人に見られた時の『体毛生えてないな、マル』ということではなくて、ご自身に“体毛が生えている罪悪感(羞恥心、というべきか)がないという自信、どこから見られても構わまい、という自信そのものが、オーラを放つのだ。つまり細部を磨くことで美しくなるのではなく、細部を磨くことで(誰にも見られなくとも)自分の自信となり、自信がオーラへと繋がるのだ。

 

自分を好きになる秘訣は、きっと“自分自身”から目を背けず、自分以外の人間になろうとしないこと。自分から逃げず、自分を好きになるまでとことん磨き上げる、ということに尽きるのかもしれない。

 

冨永愛 美の法則

冨永愛 美の法則

  • 作者:冨永 愛
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: Kindle版