OFFICE&FREEDOM

沖縄フリーライター・WEB編集者/三好優実のブログです。

わたしたちは、カミュ作「ペスト」を今どう受け止めるべきか

 

わたしはきっと「今」じゃなければ、この本を読了できていなかっただろう。

 

そう思わせるのは、感染症ペストについて、そしてペストが原因で都市が封鎖されたある街の中を描いた小説「ペスト (新潮文庫)」だ。

 

わたしが毎週楽しみにしている佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」で紹介されているのを見、すぐに購入したペストだったが(4月中旬ごろ)、読み切るのに1ヶ月もかかってしまった。

 

telling.asahi.com

 

476ページにもなる大作であり、初めて読む翻訳書であり、そして思わず読むのを中断し『思考する時間に充てなければ』と多々遮られてしまうというのが、遅読を極めた原因だった。

 

それくらいこの本には、感染症だけではないあらゆることが書かれていた。むしろこの本は感染症の本でありながら、「人間」について書かれた本だともいえる。

 

感染症の本でありながら「人間」の本

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物語は、一匹のネズミの死骸から始まる。一匹のネズミの死骸が発見されたあと、街中で次々とネズミの死骸が発見されることとなる。そしてこれは「ペスト」だと医者が認識し、公開に至った時にはすでに人間にも感染が広がってしまっていた。

 

感染が認められるまでに、数人の人の命が犠牲となった。街は都市閉鎖となり、街中が感染と恐怖に犯され、処理しきれないほどの死体が広がった。混乱と恐怖の中人々はあらゆるデマに惑わされ、あらゆる悲しみに苛まれ、脱走する人や犯罪に手を染める人など、多くの人間が狂った。多くの人間が死に、そして突然、終息する。

 

 

本の中では「ペスト」という感染症がもたらしたものを中心に、あらゆる人間の本質、感情が描かれている。

 

ペストがもたらしたのは「死」だけではなかった。

 

この本の、不思議だけどもリアルな部分は、とくに人間的な部分だった。何か物事が起こった時に“その人の本当の人間性が分かる”言われるが、その言葉は時として、本人たちにとっても理解不能な場合もあるのだと改めて実感した。実際にそう思うエピソードが多々あった。

 

たとえばひとつ、なぜかとても記憶に残ったエピソードがあった。ペストが流行して、都市閉鎖となったとき、外にいるもの(都市閉鎖は突然行われたため、旅行で出かけていただけの人も都市の外から帰ってこられないし、逆もまたしかりだった)に対しては『戻ってくるのは構わないが、そのあとは自由に出ることはできない』という決まりが打ち出されていた。

 

ほとんどの都市内部にいる人は家族や恋人を心配し、戻って来させようとはしなかったが、それでも「戻ってこい」と伝言する人は何人かいたらしい。そして、傍目にはとても淡白だった夫婦が、お互いがお互いなしでは生きていけないと結論を出し、戻ることにした。

 

わたしはこんな風に、ある日なにかをきっかけに、意外な人の「情」を感じることが時々ある。自分が困難に見舞われた時、意外な人が手を差し伸べてくれたり、逆に大事にしてくれていると思っていた人が、実は自分のことを憎んでいたというケースもあった。

 

前述したエピソードは、本の中で特にクローズアップされた場面ではなかったが、わたしにとってとても記憶に残るものとなった。人の情なんてものは、どこまでいっても見えないものなのだと思い返すことができるエピソードだった。

 

ほかにも、ペストにかかって死ぬことが神の恩恵であるというような言葉を発信する人や、終息を迎える直前に脱走する人が現れるなど、とても想像できないような行動をとる人も多かった。

 

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そして、この本の不思議な魅力というか、なんども読み進める手を止めてしまう一番の理由は、会話にあった。

 

この本では医師を中心として、様々な人々の会話の中にあらゆる思考のヒントが隠されている。繰り返した過ちと時系列で変わる思考、わたしたちがこれから『戻れない世界』を生き抜くために必要なことなどが、とても的確に言語化されていたのだ。

 

◎危機感がまだ少なかった頃のわたしたちを思わせる一文

(都市封鎖が行われた直後)しかしまだ人々は依然として個人的な関心事を第一列に置いていた。大部分の者は、彼らの習慣を妨げたり、あるいは彼らの利益を冒すことがらに対して、特に敏感であった。

 

 ◎自粛警察や差別について考えさえられる一文

人間は邪悪であるよりもむしろ善良であり、そして真実のところ、そのことは問題ではない。しかし彼らは多少とも無知であり、そしてそれがすなわち美徳あるいは悪徳と呼ばれるところものなのであって、最も救いのない悪徳とは、自ら全てを知っていると信じ、そこで自ら人を殺す権利を認めるような無知の、悪徳に他ならない。

 

殺人者の魂は盲目なのであり、あらゆる限りの明識なくしては、真の善良さも美しい愛も存在しない。

 

◎感染症との戦い

ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです。

 

りっぱな人間、つまりほとんど誰にも病毒を感染させない人間とは、できるだけ気をゆるめない人間のことだ。 

 

ずいぶん疲れることだよ。ペスト患者であるということは。しかし、ペスト患者になるまいとすることは、まだもっと疲れることなんだ。つまりそのためなんだ、誰もが疲れた様子をしているのは。 

 

本の中では、終息を迎えてもなお不安と恐怖に取り憑かれ、そのタイミングで脱走した人間も多くいたらしい。その人たちを本書では、こう表していた。

 

これらの時期に脱走した人々は、自然な感情に従ったのである。ある人々の場合は、ペストによって深刻な懐疑主義をしっかりと植え付けられてしまい、どうしてもそれを振り捨てることができなくなっていた。

 

(中略)ペストの時代がめぐり終わったときにさえ、彼らは相変わらずペストの基準に従って暮らしていた。

  

最後に

とにかくわたしはこの本を読んで、感染症がもたらすものが死と混乱だけではないこと、そしてそれは、もしかすると感染症そのものがなくなったとしてもなくならない可能性があること、人間とはいざというときにどうなるか分からないということ(自分も含め)を学んだ。

 

いろんなことが書かれる中で、本書の大きなメッセージは「人間は軽蔑するべきところよりも賞賛するべきところが多くある」ということだ。古い翻訳書なので少々読みづらいところはあるが、だけども確かに「今読むべき本」だった。

 

ペスト (新潮文庫)

ペスト (新潮文庫)

  • 作者:カミュ
  • 発売日: 1969/10/30
  • メディア: ペーパーバック